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THE REPLAY OF BLUE FOREST STORY
蒼き森の妖婆

公開:2018/05/13 04:00

 本稿は、プロのSF作家の登竜門として知られる新人文学賞を受け、以後、著名なゲーム作品のノベライズを含め何冊も本を出している作家のS.T氏が参加した『ブルーフォレスト物語』のRPGセッションを、小説化したものです。プレイヤーとして参加したゲームをノベライズしたものということから作家名はイニシャルとなっておりますが、かえってそのことで、属人性を離れて純粋にシュリーウェバの物語を楽しめるものに仕上がっています。ご堪能いただければ幸いです。

――企画の岡和田晃先生による紹介文

「では、頼んだぞ。皆、土地神様にくれぐれもよろしくな」
 村長はそう言って、驢馬の尻を軽く叩いた。重い樽を積んだ荷車が動き出す。
 手綱を取るのは、驢馬の扱いに長けたロンチャンだ。ホゥメイとロメロが荷車の側につく。
 盗賊のスンバが、都人のキリホが、それぞれの作法で村長に挨拶し、その後に続いた。
 最後に俺も、村長に向かって軽く頭を下げて――鎧を付けた兵士は、どんな場合でも略礼をとることを許されているのだ――仲間の後を追った。
 暦は風の朔日。朝露の香りが心地よい。街道に向かう荷車がゴトゴトと揺れるのに合わせて、荒縄で幾重にも巻かれた大樽の中からは、小さな水音と甘い匂いが、微かに漂って来る……。
「ああー、ゴ・マイチ。お前な、絶対にその御神酒にゃ手を付けるんじゃないぞ。絶対だぞ」
 背後から不意に、村長が大声で呼ばわった。仲間達がクスクスと笑い声を漏らす。俺は舌打ちをして、新酒のたっぷり詰まった大樽を見上げ、溜息をついた。
「ちっ、読まれてやがる……」


THE REPLAY OF BLUE FOREST STORY
蒼き森の妖婆

SCENARIO & GAME MASTER S.Saito

PLAYERS
スンバ 21歳 男 盗賊 T.Sugimoto
ホゥメイ 17歳 男 僧兵 J.Kimura
ロンチャン 28歳 男 遊牧民 M.Ogasawara
キリホ 16歳 女 都人 N.Iizawa
ロメロ 22歳 男 農夫 T.Hayama
ゴ・マイチ 32歳 男 兵士 S.Tadano

REPLAYED BY S.T
企画 岡和田晃

 話の始まりはつい数日前、帝歴八十七年陽の末日のことだった。
 レギオ・バステア王の庶子、ポコ・バステア公子を助けて、バステアに巣喰う奸賊・ラーヘン卿を討ち果たした俺達は、故郷のロスタル村に戻って、束の間平和な日々を送っていた。
 平和――といっても、取り立てて揉め事がない、というだけのこと。久し振りで戻った小さな村は、普段よりはるかに騒がしく、慌ただしく、どこかしら熱にうかされたようで――無理もない話だ。いつの間にやら季節は巡り、年に一度の陽拝祭がすぐそこまで近づいているのだから。
 ロスタルの陽拝祭、などと何やら大層な名で呼ばれてはいるが、何のことはない。どこの村でも必ずやる、要は単なる村祭りだ。広場には櫓が、その周りには俄拵えの出店が並び、村長が酒樽を割り、坊主が餅をバラ撒き、大太鼓は轟き、生贄の羊が屠られ、篝火は夜空を焦がし、茂みの内では若い男女が組んず解れつ、年に一度の無礼講……全く、何の変哲もない村祭りなのである――そう、ただ一点を除いては。
 俺達が村長に呼ばれたのは、その「ただ一点」に関することだった。

 お札替えを頼みたい――村長のロイドはそう言った。
 村長の屋敷に集められたのはスンバ、ホゥメイ、ロンチャン、キリホ、ロメロに俺の総勢六名。何れの連中も、小さな村では奇人変人問題児、人呼んで「ロスタル愚連隊」――というのはまあ半分冗談だが、ちょいと変わった奴等なのは間違いない。その愚連隊共がひょんなことから王室のゴタゴタに関わり、あまつさえそれを見事解決して一躍名を上げちまったってェんだから、全く世の中って奴は……可哀想なのは、例の事件に関わり損ねた仮面の百姓・ロメロだ。見かけは奇妙奇天烈、いつもどこかがズレたおかしな奴だが、根はクソマジメなドン百姓。真夏の野良仕事の最中にも、奇妙な仮面を顔から外さない、奇妙な男。唐黍の刈り入れが忙しいとかで、勇躍の機を逃し――いや、これは余計か。この後々、ロメロはえらい活躍を見せてくれるんだから。
 何はさておき――。
「お札替え、ですか、村長?」スンバが真面目に聞き返す。
「そうじゃ。和尚にはもう話してある。明日にもすぐに出張ってくれや」
「お札替えか」
「酒盛り山だ」
「早くて三日、途中で何かありゃ、六日はかかるか」
「そりゃ困った。ウチの畑はまだ刈り入れ中ですよ」
「畑は隣のシンザにでも預けりゃええ、儂からもよう言うとく。今は見ての通り村中大忙しじゃで、手の空いとる暇人はお前ェら位しかおらん。……それに見たところじゃ、村に関わりの無ぇ他所モンも居るようだしの」
「ちょっとお! ヨソモンってそれ、妾のことぉ? この田舎者!」
「何ぃ吐かす、穀潰しの女ッコがあ!」
「…………ゴ・マイチさん、ゴ・マイチさん」
「あ」
 互いに気色ばみ、ざわめき始めた一座を俺はただ眺めて――いや、というか、実は何も出来ず呆然と座っていただけなのだが――そんな俺の袖口を、横に座った若い僧兵見習い・ホゥメイが強く引っ張って合図を送った。
「あ……あーーあーえー、村長殿。済まぬが、その『お札替え』についてちと詳しく教えて貰えぬかな。拙者、このロスタルに育ったとは申せ、ご存じの通り武辺の身。防人やら出征やらが永く、祭の裏方のことは殆ど知らぬ。で、その『お札替え』とは――」半ばは嘘、半ば以上は真実だ。
「……ええか、ゴ・マイチ。お札替えっつーのはな……」ロイド村長は語り始めた。

「どれ程以前から始まったことかは見当もつかん。年に一度、田畑が実り風の月が訪れる頃、この近在の土地神様方が「酒盛り山」にお集まりになって、一夜二夜を楽しく飲み明かされる。土地神様の宴にその年絞りたての御神酒を捧げ、五穀の実りを謝し、翌年の豊穣を祈る――このロスタル村代々の慣わしじゃ」
  ――へえ。神サマが酒をね。俺よりイケる口かね。
「御神酒を戴かれた土地神様は、村の願いを聞き届けた証として、有り難ぇお札をお下げ渡し下さる。村に持ち帰ったお札は寺の祠に納められ――ホゥメイならよう知っとるじゃろう――次の収穫までの一年、村をお守り下さるのじゃ」
  ――なんじゃ、そりゃ。要は村に集《たか》ってタダ酒にありついてるってこっちゃねえか。
「土地神様のお札を村にお迎えし、実りを祝い、感謝を捧げる。これがロスタルの陽拝祭じゃ。このシュリーウェバ広しといえど、土地神様直々のお蹟《て》になるお札をお祀りできるのは、まんず珍しいもんじゃ」
  ――へえへ、そりゃそうでしょうよ。先祖代々カモられっ放しってのは珍しいや。
「祭に先立ち、酒盛り山に御神酒と古いお札をお持ちし、新しいお札を頂戴してくるのがお札替えじゃ。大切なお役目じゃぞ。さ、解ったら早々に支度すべえ。早うに、早うに」
  ――あー、読めたぞ、この糞爺いめ。祭が始まるまで、俺達愚連隊を厄介払いする気だな。まあ、仕方ねえ。村に帰ってからこっち、どいつもこいつも俺達を見るなり、例の事件の話を聞かせろって五月蠅《うるせ》えからな。この忙しい時節に俺達が居たんじゃ、村中仕事が手につかねえ。いっそ愚連隊全員、お札替えに託《かこつ》けて酒盛り山に追い出しちまえって寸法か……。
「はい。お言いつけの程よく解りました。……ゴ・マイチさん。ゴ・マイチさん」
「え? えー、あ、うむ。では手筈を決めよう。明日の朝、鶏《かけい》が鳴いた一刻後、ここに集まる。皆準備を済ませ、今夜はゆっくり寝むように。ホゥメイ、お主は和尚からお札を預かるのを忘れるな」
「……ゴ・マイチさん。ゴ・マイチさん。…………ゴ・マイチさん?」
「え? ええ? は」
 ホゥメイが怪訝そうに俺を見つめている。早くも街道上には夕闇の色が落ちかかり、丸一日重い荷車を引き続けた驢馬の背からは、微かに湯気が上がっている。
 ほんの目の前、葡萄色を帯びた暗い空に黒々と聳える異形の山影――酒盛り山だ。
 「思ったより早く着きましたね。ここまで休まず歩いた甲斐があった」ホゥメイの言葉に全員が頷く。
「いや、ははははは。全く。拙者、少々惚けておったわ。何、兵士暮らしが長いと、歩きながら眠る特技が身に付いてな。ははは。失敬失敬、もう着いとったか。ははは」
「もう一息ですよ、さあ、頑張りましょう」
 俺は笑ってその場を繕ってみせたが――その実、焦るような、悔しいような気持ちがあったのはどうにも隠せなかったろう――。
 ……このガキ共、糞真面目に休まず歩きやがって――折角のお宝を、ちょいと味見する暇もなかったじゃねえか……。

 巨大な刃物で山頂をスッパリ切り飛ばしたような――というか、山全体がまるで、飲み干した大杯を伏せたような形をしている、と譬えるべきか。俺達が異様な程に平坦な山頂に着いたのは、もう夜も更け始めた頃だった。
「――?」
 一瞬、俺は錯覚した。山の頂に池がある――輝く水面と見えたのは、大きな石造りの円卓だった。天然の造作か、人の手によるものか。円い石卓の表面は艶やかに磨きこまれ、満月を、星空を静かに映しだしている。
 人影が幾つか、円卓を囲んでいた。何れも巡礼が着るような白い衣を纏い、その場に坐している。
「九人か。――男が五人、女が四人」
「ゴ・マイチさん。あれは、人じゃありません」
「流石に解るか、小坊主。なら、神か」
「……」
 ホゥメイは答えない。ここはどうやら、兵士の仕事らしい。俺は腰の剣を確かめ、茂みから立ち上がり、呼ばわった。
「失礼仕る。この近在の山々を統べる土地神とお見受け致す」
「……」
 白衣の影達は、凍り付いたかの如く動かない。俺は構わずに近づいていき、さらに大声で呼ばわる。戦場の名乗りと同じだ。気を呑まれたが最後、先手を取られるに等しい。
「土地神か。代々に亘る契りを果たしに参ったのだ。答え給え」
 ――一番小柄な影が振り向いた。皺だらけの浅黒い顔、歯の抜けた口許。こいつらの中では一番年嵩らしい。このジジイが大将格か。
「……うんにゃ。おんしゃぁ、ロスタルの衆の使いけぇ」
「如何にも。あれなる捧げ物を運んで参った。改められい」
 荷車が出てくるより早く、ホゥメイが小走りに駆け出してきて、ジジイの前に恭しく額ずいた。
「ソテナテイリサニタチスイイメコロシテ、カシコミカシコミマオス。ツクヨミノミチタルヨヒニ、アマツカミノミオヤ、クニツカミノミオヤ、ツツガナキヲコトホギタタエタテマツラム…………」
 俺は兵士だ。坊主のあげる祝詞の意味など、元より解りはしないが、ホゥメイが不思議な呪文を紡ぐにつれ、その場の空気が微妙に柔らかく解れていくのはハッキリと感じ取れた。
「……トホカミエミタメハライタマエキヨメタマエ、瓊矛鏡笑賜祓賜清賜、遠神恵賜……」
 白衣の男女が俺達を振り向いてにっこりと微笑んだ。小柄なジジイは心地良さげに体を揺すりながら、ホゥメイの祝詞に耳を傾けている。
「うんにゃ、うんにゃ……もうええぞい。如何にも、俺ぁが辻の道士じゃぁ」
「おお。辻の道士様といえば、この近在の山々を統べる偉大なる土地神様。畏み畏み……」ホゥメイが大袈裟に掌を合わせ、地に伏せて見せるのを、荷車を押して出てきた四人が真似る。
「うんにゃぁ。そげんこつはよか。俺ぁ見ての通りの田舎モンじゃけに、大層なこちゃねえべ。ロスタルの美味酒ば楽しみにして、今年もここまで連れ立って出て来たがによぉ……」
ジジイが目を細めて、酒樽を見つめる――俺はその鼻面に、懐から取り出した白札を突き付けた。
「辻の道士よ、捧げ物はあれに。まずはこれにて、代々の盟約を果たされ給えい。さ、疾くに」
「あんれ、まあ。なんともせっかちなお侍じゃあ」
 ホゥメイが眉を吊り上げてこちらを睨んだが、俺は構わない。――正直、俺は未だにこのジジイ達が土地神だとは信じきれていない。偶然ここらに行き会った旅の巡礼共か、いや、ロスタル陽拝祭とお札替えの噂を聞きつけて、タダ酒にありつこうとしている山窩衆ではないかとさえ疑っているのだ。
 不信心な兵士と言わば言え。腐ったハラワタやら首の無い死体やらの中で三十年も暮らせば、神などそうそう信じられるか。少しでも怪しい素振りが見えれば、この場で全員叩き伏せてやる。
 ジジイは矢立を取り出し、白札に筆を走らせた。蚯蚓《みみず》がのたくったような、不可思議な文様――これが神代文字か。無論、俺に真贋が解る筈もない。
「ほれ、これでええかの」
「……」
 手渡された札を前に答えに窮した俺の背後で、木槌の音が響いた。
 濃厚な木の香りと新酒の芳香が周囲に漂い、夜気を満たした。スンバが柄杓で酒を汲み取り、キリホの捧げ持つ杯になみなみと注ぎ入れる。
 ホゥメイが俺の手から札を取り、頷いて言った。
「有り難きお札、確かに頂戴致しました。これなるは今年ロスタルが天地より賜りし御恵みの露、お召し上がり下さいませ」
 キリホが俺の傍らに並び、ジジイに向かって杯を優雅に捧げ出した。
 ジジイは杯を受け取り、そのまま一気に呷り――ぷはぁ、と息を吐いた。
「うんにゃ。今年の酒もよう出来とうのぅ」
「まったくですのう。村の衆、一年良う精進したと見えますわい」
「ほんに、ほんに」
 ロメロとロンチャンが捧げ配る杯を呷った白衣の男女が、口々に賛辞を述べた。
 ――最後に杯を受け取ったのは、肉付きの良い三十絡みの女だった。一息に飲み干し、まあ、と小さく声を上げると――地に伏せたままのホゥメイを見つめて、嬉しそうに微笑んだ。
「そちらの若いお坊さん。村に帰ったら、皆に伝えて下さいな。今年のお酒は大層美味しゅうございました。来年も美味しいお酒が頂けるよう、この私も陰ながらお助けします、と――」
 白衣共がどっと湧いた。
「おお、これはええわい」
「ええ、その値打ちはありますとも」
「まったくじゃ、まったくじゃ」
「うんにゃ。小坊主どん、良かったのう。大地の実りを司る母神様おん自ら、ロスタル村をお助け下さるそうじゃ。こりゃ、来年の豊作は疑いなしじゃ。良かったのう、良かったのう」
「は、ははあっ!」
 仲間達はひれ伏した。ホゥメイは興奮に顔を赤らめ、微かに震えながら手を合わせている。無理もなかろう。僧侶見習いの身で、土地神の祝福を村に持ち帰る大役を仰せつかったのだから……。
「……うんにゃ。お侍さまは、えらい怖い顔しとるのう」
 ジジイ――辻の道士が、俺の方を見て言った。
 俺は地に伏さない。片膝を付き、頭を下げているだけだ。こいつらが神だと――鎧を着た兵士は、如何なる相手でも略礼を――
「道士様、そいつは、アレじゃ」
 土地神の一人が言った。
「そいつは『相討ちゴ・マイチ』ちゅうて、バステアでも名うてのヘンクツ者じゃてよ」
 「んだ、んだ。相手がどうでも、引くちゅうことを知らん。相討ち喰ろうてブッ倒れるまで何合でも打ち合うっちゅう奴じゃ」
 ――土地神というのは、そんな詰まらん噂まで知っとるのか――
「あら、これが『相討ちゴ・マイチ』」
「そいつは根っからの兵士じゃけ。いや、女子と酒の前ではえろう頼り無うなるっちゅう評判じゃがな」
「うんにゃ、女子と酒に目が無ぇかや」
 辻の道士は、俺の顔をジッと見て――。
「どうじゃ、ゴ・マイチどん。この酒、呑みてぇかや」
「む……」
「うんにゃ。ロスタルの衆よ。はぁ、ちょっくら相談じゃが、ここは一つ、俺ぁの頼み事きいてくれんかや。……うにゃぁ。そうすりゃ、この酒一緒に呑ませてやってもええとするんじゃが……」
 ――道士の吐く息からは、新酒の匂いがした。スンバが樽を割ってから周囲にたちこめている、芳しい香り。
 脳髄が甘く痺れだした。思えば丸一日歩き詰めで喉はカラカラだ。村の一番絞りを目の前にしながら手を出すこともできず、ここまで運んできたのだ。喉が焼ける。酒が欲しい。酒が――
 俺は両膝を地についた。両の拳を膝に当て、深く一礼する――。
「――道士様。お頼み事をお聞かせ頂きたい――まずは、一杯」
 この時の間抜けた変節ぶりは、今もなお、仲間達の冷やかしのタネになっている。いや、我ながら不思議だった。如何に俺が酒好きとはいえ、ああもコロリと「気が変って」しまうものなのか……。
 今にして思い当たった。ジジイめ、あのとき俺に酒精の呪《チャーム》をかけたのだ――。

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[管理人:たまねぎ須永へ連絡]